2017年12月5日,東京(IUCN)最新のIUCN絶滅危惧種レッドリストによれば,野生のイネ,ムギ,ヤムイモは,過剰な集約的農業生産と都市膨張により脅威に晒されており,他方,貧弱な漁業活動はカワゴンドウ(イラワジイルカ)やスナメリの数を急激に減らしてきたことがわかった。最新のレッドリストはさらに,気候の乾燥化はリングテイルポッサムを絶滅の淵に追いやっていることを明らかにした。
オーストラリアの島でしか生息が知られていない爬虫類3種(クリスマストカゲ,アオオトカゲCryptoblepharus egeriae,リスターヤモリ)は絶滅してしまったということになった。しかしニュージーランドでは,保全努力が功を奏し,鳥類のキーウィ2種の生息状況が改善された。
IUCN事務局長のインガー・アンダーセンは,「健全で種数の多い生態系は,世界の膨張する人口に食料を供給し,国連持続可能な開発目標2(2030年までに飢餓をなくす)を達成するための基盤でもある」と述べた。「野生の作物種はたとえば,農作物の遺伝的多様性を保っており,気候変動に適応し,食料・栄養安全保障を確実なものにすることができる。本日のIUCNレッドリストの最新版は,それらの減少に警告を鳴らし,それに緊急に対処しなければならないことを強調するものである。私たち自身の将来がかかっている」とも述べた。
持続不可能な農業と都市化が野生の作物種を脅かす
野生ムギ26種,野生イネ25種,野生ヤムイモ44種がIUCNレッドリストのために評価された。その多くが初めて評価された種である。これは,世界の生物多様性の危機に関する知見を拡大するためのIUCN‐トヨタパートナーシップによって明らかになった。全体では,野生イネ3種,野生ムギ2種,野生ヤムイモ17種が絶滅の脅威に晒されている。森林伐採と都市膨張が,集約農業,とくに過剰放牧と除草剤の広範な使用とともに,これら野生種への主要な脅威となっている。
現代の栽培種と野生の近縁種を交雑させることで,旱魃,病気,害虫への抵抗力を高めることができるだろう。これらの要因はすべて,気候変動による大きな問題となってこよう。最近の研究によれば,作物の野生近縁種の4分の3(72%)が遺伝子バンクで十分保管されていないし,野生状態での生息域内保全も懸念材料のままであるという。作物の野生近縁種は経済的にも大きな価値がある。世界全体の経済に,年間1,150億ドルの貢献をしており,将来さらに拡大していく可能性を有している。
「野生近縁種によりもたらされる遺伝的多様性は,気候変動の時代にあって,われわれがより回復力の強い作物を開発することを可能にするものである。これにより,食料安全保障が確保される。これらの種の運命を無視することで,自分たち自身を危機に陥らせている」とIUCN-SSC作物野生近縁種専門家グループのナイジェル・マクステッド共同委員長は言う。「作物の野生近縁種をIUCNレッドリストで評価することで,これらの種が直面する脅威についてのより詳細な情報が得られている。今回の新しい評価のおかげで,われわれは,過放牧や無分別な除草剤散布のような集約的農業経営を減じることにより,作物の野生近縁種を保全するための体系的な行動ができるようになった。」
気候変動がオーストラリアのリングテイルポッサムを脅かす
オーストラリアでは,乾燥化と温暖化が急速に進んでおり,それによりニシリングテイルポッサム(Pseudocheirus occidentalis)の劇的な減少を招いてきた。このポッサムは「危急VU」から「深刻な危機CR」へと変更された。この変更は,過去10年間に80%以上もの個体数の減少があったことによる。
このポッサムは,かつては,西オーストラリアのアゴニス(Agonis flexuosa)とユーカリ(Eucalyptus gomphocephala)の林に広く生息していたが,今では海岸近くの分断化の進んだ林にしか生息していない。ポッサムを,パース市の南100kmに位置するレインプール保全公園に再定着させようという試みは失敗に終わった。乾燥化が進んでおり,これら餌となる木の葉の質が低下したからである。このリングテイルポッサムは特有の消化器官を有していることから,高品質の食物,とくにアゴニスの葉を必要としているのである。
このリングテイルポッサムは,熱ストレスに弱く,35度以上になると体温が上がり過ぎてしまう。オーストラリアのこの地域ではそうした高温がふつうになってきている。ポッサムの個体数は,市街化,アカギツネ(Vulpes vulpes),ノネコ(Felis catus)による捕食,伐採,野火,不適切な火入れ管理によっても悪影響を被っている。
アジアのイルカとスナメリが持続不可能な漁業により脅威に晒されている
カワゴンドウ(Orcaella brevirostris)とヨウスコウスナメリ(Neophocaena asiaeorientalis)はいずれも減少しており,「危急VU」から「危機EN」のカテゴリーに変更された。カワゴンドウは過去60年間で,ヨウスコウスナメリは過去45年間で半分以下の個体数になってしまった。
両種とも海岸近くの浅い淡水域に生息する。そのため,人間の活動に対して極度に脆弱である。両種とも,非選択的な漁網に絡まってしまう事故に遭いやすい。漁網の設置がこの減少の主要な原因である。これに加え,餌である魚類の乱獲や生息環境の破壊も問題となっている。
「カワゴンドウは多くの地域社会で崇められているし,イルカ目当ての観光はインドやカンボジアの一部では地方経済にとって重要なものだ。両種とも保護動物に指定されていることは,狩猟や捕獲は滅多にないか,まったくないことを意味している。しかし,漁網による溺死やほかの脅威からの保護はまったく欠けているか,あっても効果的なものではない。この問題に対する現実的な解決策なしでは,カワゴンドウとスナメリの減少は当分続くだろう」とIUCN-SSC鯨類専門家グループのランドール・リーブスは言う。
メコン川では,最近のカワゴンドウの死亡の大部分が刺し網に絡まっての溺死である。刺し網は,水中にカーテン状に仕掛ける漁網である。刺し網は,海産哺乳類にとっても最大の脅威である。刺し網を禁止,もしくは少なくともその利用を管理する努力は,多くの地域で不十分であり,その結果,クジラ,イルカ,スナメリなど,多くの種の減少を引き起こしている。その中には,「深刻な危機CR」のコガシラネズミイルカ(Phocoena sinus)や,「深刻な危機」のヨウスコウカワイルカ(Lipotes vexillifer)が含まれている。後者は,すでに「絶滅」してしまっているかもしれない。
侵略性種と生息環境喪失が日本の爬虫類を絶滅に追いやっている
IUCNレッドリストで新しく評価した,日本に固有の46種のヘビ類とトカゲ類の3分の1が,絶滅危惧種に分類された。これらの爬虫類の個体群は小さく,分断されていることから,生息環境の変化に対しての脆弱性が増している。日本の国内中で,持続不可能な農業と市街化に伴う生息環境の破壊により,種の減少が加速してきた。ペット取引用の捕獲と侵略性種による脅威も問題である。爬虫類に影響を及ぼしている侵略性種には,たとえばインドクジャク(Pavo cristatus)と日本の小さな島のいくつかに導入されたニホンイタチ(Mustela itatsi)がある。
「深刻な危機CR」に分類された、久米島に固有で日本のヘビの中では最も稀なキクザトサワヘビ(Opisthotropis kikuzatoi)は1990年代半ばまでは比較的ふつうであった。この種は過去15年間にわたり,侵略性のウシガエル(Lithobates catesbeianus),ニホンイタチ,インドクジャクの捕食により,劇的に減少した。このヘビの生息域は小さく,分断されており,減少をさらに悪化させている。汚染と混獲による偶発的捕獲も個体数を減少させてきた。
同じような脅威は,徳之島に固有のオビトカゲモドキ (Goniurosaurus splendens),宮古諸島に固有のミヤコカナヘビ(Takydromus toyamai)にも及んでおり,いずれもIUCNレッドリストで「危機EN」に分類されている。日本の爬虫類の評価も、IUCN-トヨタパートナーシップにより可能となった。
オーストラリアのクリスマス島での謎めいた絶滅
オーストラリアの島に固有の爬虫類3種は野生で絶滅してしまった。その3種とはリスターヤモリ(Lepidodactylus listeri)と2種のトカゲであるアオオトカゲ(Cryptoblepharus egeriae)とクリスマスモリトカゲ(Emoia nativitatis)である。
クリスマス島の爬虫類は全体的に,1970年代以降に急速に個体数を減少させた。この減少の理由は不明であるが,1980年代半ばに島に導入された侵略性のシモフリオオカミヘビ(Lycodon capucinus)が影響を与えたのかもしれない。新奇の病気とアシナガキアリ(Anoplolepis gracilipes)の侵入に伴う島嶼生態の変化がこれら爬虫類に対してさらなる圧力を与えたかもしれない。モリトカゲの飼育下繁殖プログラムを確立しようという努力は,2013年に失敗に帰しており,この種は「深刻な危機CR」から「絶滅EX」に変更された。今では,飼育下での繁殖個体群はリスターヤモリとアオオトカゲについては確立されているが,両種とも「野生絶滅EW」と宣言される。
IUCNレッドリストによれば,固有種の島嶼個体群は,小さな個体数,限定的な遺伝的多様性,新奇病気への免疫の欠如,導入捕食者への無経験により,とくに減少を被りやすい。
保全努力の結果としてのキーウィの復活
今回のレッドリストの更新では,ニュージーランドの小さな島で捕食者を集中的にコントロールしたことから,オカリトキーウィ(Apteryx rowi)とブラウンキーウィ(Apteryx mantelli)の個体数が回復し,「危機EN」から「危急VU」へカテゴリーを変更することとなった。
これらキーウィ2種は,生息環境の喪失,オコジョ(Mustela erminea)やノネコのような導入哺乳類による捕食を含む脅威に直面してきた。ブラウンキーウィはフェレット(Mustela furo)とノイヌによる捕食の影響を受けている。
政府と地域社会による保全努力は,捕食者コントロールと野外に放鳥するための卵の孵化に焦点を当ててきた。オカリトキーウィは,1995年の160個体から今日の400-450個体にまで増加した。ブラウンキーウィ個体群は年間2%以上成長していると推定されている。ただし,一部の未管理の個体群は減少を続けている。
キーウィのカテゴリー変更は,ニュージーランドの鳥類の広範な評価の一部を構成するものである。評価の結果,多くの固有種が減少していることがわかった。侵略性種による結果として減少している事例が多い。
より詳細な情報とインタビューの申し込みは下記まで:
Elaine Paterson, IUCN Global Species Programme, t +44 (0)1223 881128, e-mail elaine.paterson@iucn.org
Goska Bonnaveira, IUCN Media Relations, m +41 792760185, e-mail goska.bonnaveira@iucn.org
2017年12月4日の週は日本に滞在中
Cheryl-Samantha MacSharry, IUCN Media Relations, t +44 (0)1223 881128, e-mail samantha.macsharry@iucn.org
古田 尚也, IUCN日本リエゾンオフィス, t+81 (0)359445482, m+81 (0)7031930698 email naoya.furuta@iucn.org
編集者への注
IUCN-トヨタパートナーシップ: IUCNとトヨタ自動車株式会社の5年間にわたるパートナーシップにより,作物野生近縁種と日本の爬虫類の評価結果がIUCNレッドリストに新たに追加されることになった。このパートナーシップは,「トヨタ環境チャレンジ2050」により生まれたものである。これは,クルマのもたらす負荷を限りなくゼロに近づけるとともに社会にプラスをもたらすことを目指している。
今回の更新で付け加わったその他の種に関する事例
ブータンの固有種: ブータンの固有植物のほぼ全種(99%)が初めてIUCNレッドリストに追加された。追加された125種のうち,4分の1が絶滅危惧と考えられ,その理由はほとんどが生息環境の喪失と悪化(主に市街化とインフラ開発による)および持続不可能な採取である。絶滅危惧種には,道路拡張と土地利用変化の影響を受けている「深刻な危機CR」のラン2種(Oreorchis sanguinea, Cheirostylis sherriffii),「危機EN」のNeopicrorhiza minimaが含まれている。後者の種は風邪と軽い病気を治すための伝統的薬用植物として,地方で利用されており,持続不可能な採取により脅かされている。
鳥類: 最新のIUCNレッドリストで再評価された238種の鳥類の4分の1(26%)がより高いカテゴリーにアップリストされ,28%が低位のカテゴリーにダウンリストされた。南部アフリカと東部アフリカの一部に在来のアフリカオタテガモ(Oxyura maccoa)は「準絶滅危惧NT」から「危急VU」にアップリストされた。汚染,刺し網による溺死,農業と市街化による生息環境の喪失により,個体数が30‐49%減少したことによる。北アメリカの北極地方での情報に基づき,シロフクロウ(Bubo scandiacus)が初めて絶滅危惧種となった。シロフクロウは,これまで「低懸念LC」であったのが,一足飛びに「危急VU」となった。個体数が以前考えられていたよりもずっと少なく,3世代で30‐49%も減少した。本種に対する数多くの脅威のひとつとして気候変動がある。融雪に影響し,餌であるげっ歯類を捕獲しづらくなっている。アジアでは,かつて豊富にいたシマアオジ(Emberiza aureola)が「危機EN」から「深刻な危機CR」へとアップリストされた。2004年以前は,本種は「低懸念LC」に掲載されていた。中国では食料用にシマアオジが捕獲されており,これが主要な脅威となっている。好ましいニュースがエクアドルのガラパゴス諸島からもたらされている。ここでは,繁殖期の状況がよい年が続いて,フロレアナマネシツグミの個体数が十分回復したので,「深刻な危機CR」から「危機EN」にダウンリストされた。
ニュージーランドの鳥類のより詳細は,12月12日にバードライフインターナショナルとIUCNレッドリスト鳥類当局により発行されるので,Shaun Hurrell, BirdLife Communications Officer, +44 (0)1223 747555 email shaun.hurrell@birdlife.orgに連絡されたい。
参考になる引用
トヨタ自動車株式会社 常務理事 新美俊生 「私達は気候変動問題に直面しており、健全な生物多様性は人類の健康と食料安全保障にとってますます重要になる。IUCN絶滅危惧種レッドリストを支援することにより,トヨタは絶滅の危機にある数多くの種の保全に貢献している。新しく評価された作物野生近縁種と日本の爬虫類もそのひとつである。野生イネ,野生ムギ,野生ヤムイモの新しい評価は,農作物を変動する気候に適応させることを確実にすることに役立つだろう。爬虫類の評価は,生息環境の喪失と侵略性種のような迫りくる脅威から日本固有の生物多様性を守ることに役立つだろう」と述べる。
オーストラリア,チャールズダーウィン大学,保全生物学教授,John Zichy-Woinarski「クリスマス島の2種の爬虫類の絶滅は,その原因が不明であるため,まさにミステリーである。この絶滅は,種の減少の主要原因を特定し,危機にある種と減少している種の頑強なモニタリングと保全に関するプログラムに情報を提供することがいかに重要かということを思い起こさせる。この事例では,減少の範囲と強度がわかるのがあまりにも遅すぎたため,クリスマス島の爬虫類を救うことができなかった。」
レッドリストパートナーからの引用
バードライフ・インターナショナル 世界科学コーディネータ Dr Ian Burfield「侵略的外来種は近年の鳥の絶滅の大きな原因であり,とくに島嶼では何百種もの絶滅危惧種に悪影響を及ぼし続けている。幸いなことに,キーウィのダウンリストは,希望が残っていることを示すものである。ニュージーランドは,侵略性種に対処する上で,世界的なリーダーでもあり,技術を開発してきた。その技術は,世界中で改造され,利用されている。今我々が必要なのは,この努力をさらに強化するための人的・金銭的資源であり,それらを早急に多くのほかの島に配備させることである。」
レッドリストパートナーのテキサスA&M大学 IUCNレッドリスト委員会 Dr. Thomas E. Lacher, Jr 「海産哺乳類を保護する仕事を長年続けてきた自分にとっての大きな懸念は,最近のイルカ類の劇的な減少である。ヨウスコウカワイルカが絶滅,コガシラネズミイルカが「深刻な危機」,カワゴンドウとヨウスコウスナメリが「危急」から「危機」になったことは,鯨類への脅威が続いていることへの警鐘であり,見守っていく必要がある。最も重要なのは,アグレッシブな保全行動が必要だということである。」
最新のレッドリストパートナーのアリゾナ州立大学 生物多様性成果センター Leah Gerber 「ヨウスコウスナメリの減少の主要な要因は,海岸の開発と漁業による混獲など,人為的影響である。彼らはスローな生活史(長い妊娠期間,遅い性成熟)のため,スナメリは,保全措置の結果が出るのもゆっくりである。スナメリ属の唯一の種であり,ネズミイルカ類の中でも最も原始的な種が存続させるため,今行動に移すことが必要である。」
英国王立キューガーデン ヤムイモ研究者 Paul Wilkin「野生のヤムイモは,避妊ピル用のステロイドを作るために使われた。また,マダガスカルをはじめ多くの国で主要な炭水化物を提供してくれる。野生のヤムイモから作出された栽培種は,アフリカだけでも1億人もの食料を供給している。ヤムイモのような作物野生近縁種の保全(CWRs) はキューガーデンやほかの組織で実行されており,これらの植物が現在および将来,食料や薬品を供給するために利用可能になることを保証している。改良された,将来の作物品種を作出するための主要な形質の供給源ともなるだろう。今回の評価により,どのヤムイモや他の種が保全行動のために優先されるべきかを特定することができる。」