2020年12月10日,スイス・グラン発 (IUCN) –本日公表されたIUCN絶滅危惧種レッドリスト™の更新版によると,継続的な保全努力のおかげで,ヨーロッパで最大の陸上哺乳類であるヨーロッパバイソン(Bison bonasus)が「危急(VU)」から「準絶滅危惧(NT)」に移動したことが明らかになった。この更新版により,31種が「絶滅(EX)」カテゴリーに移動した。世界の淡水産イルカ類全種が今や絶滅危惧にある。
全体で128,918種がIUCNレッドリストに掲載されていることになり,そのうち35,765種が絶滅危惧種である。
「本日のIUCNレッドリスト更新版にあるようにヨーロッパバイソンとほかの25種が回復したことは,保全の力を表している。とは言え,絶滅種数が増えていることは,保全努力を緊急に拡大しなければならないことを強く想起させる。持続不可能な漁業,農業目的の土地開墾,侵略性種と言った地球規模での脅威と戦うためには,保全活動が世界中でおこなわれ,あらゆる経済部門の中に組み込まれなければならない」とIUCN事務局長のブルーノ・オベール博士は述べた。
「本日のレッドリストの更新版での保全成功事例は,世界が野心的な生物多様性目標を設定し,その達成が可能であるという生きた証拠である。さらに,ポスト2020生物多様性枠組を策定し,実行する際に,真の,顕著な約束が必要であることを強調するものでもある」とIUCN保全グループのグローバルディレクターのジェイン・スマート博士は述べた。
保全努力がヨーロッパバイソンの回復をもたらした
長期的な保全管理の結果,ヨーロッパバイソン(Bison bonasus)の野生個体群が2003年には約1,800頭だったのが,2019年には6,200頭に増加し,絶滅危惧カテゴリーが「危急(VU)」から「準絶滅危惧(NT)」に移動した。本種は20世紀初頭には飼育下でしか生き残っていなかった。1950年代になって野外に再導入された。最大の下位個体群がポーランド,ベラルーシ,ロシアに存在するようになった。野生のヨーロッパバイソンは現在,47群れが存在する。しかし,これらの群れはお互いから大きく隔離しており,生息地は最適とは言えない森林に限定されている。長期的に見て,遺伝的に存続可能である個体数を有しているのはそのうちの8群れにしか過ぎない。本種の生息に適したより開けた環境への移送や,人とバイソンとのあつれきの緩和など,継続的な保全管理が必要である。
「これまで,ヨーロッパバイソンは森林に再導入されることがほとんどだった。そうした環境では冬季には充分な餌を見つけることはできない。餌となる草を求めて森林から農地に移動すると,農民との間で問題を起こしてしまう。そうしたあつれきのリスクと,農地での食物依存を軽減するために,バイソンが草を食べることのできる開けた草原のある保護区を創ることが重要となるだろう」と今回の評価を行った,IUCN種の保存委員会バイソン専門家グループのラファル・コワルスキ博士は述べた。
世界の淡水産イルカ全種が絶滅危惧に
コビトイルカ(Sotalia fluviatilis)が「データ不足(DD)」から「危機(EN)」に移動したことにより,世界の淡水産のイルカ全種がIUCNレッドリストに絶滅危惧種として掲載された。アマゾン川水系に生息する灰色の小さなこのイルカは,漁網による偶発的死亡,河川のダム化,汚染により,個体数を大きく減少させてきた。水中に吊るしたカーテン状の漁網である刺し網の使用禁止と生息域のダムの数の削減が個体数を回復するための優先課題である。コビトイルカの故意の捕殺の取り締まりも不可欠である。
絶滅
メジロザメの一種であるロストシャーク(Carcharhinus obsoletus)は昨年になって正式に新種記載されたサメである。「深刻な危機(CR)-絶滅した可能性」としてレッドリストに掲載された。本種が最後に記録されたのは1934年であった。南シナ海の生息地は,1世紀以上にわたり強い漁獲圧に晒され,世界で最も乱獲されている海域のひとつである。この漁獲圧のもとで,生き永らえているとは思われず,このサメはすでに絶滅しているかもしれない。
フィリピンのラナオ湖とそこから流れ出る河川に特有の淡水魚17種のすべてが「絶滅(EX)」もしくは「深刻な危機(CR)-絶滅した可能性」となった。前者は15種,後者は2種である。絶滅の原因としては捕食性の外来種の導入が大きく,これに乱獲と破壊的漁法が挙げられる。
中米のカエル3種が新しく「絶滅(EX)」と宣告された。これに加え,中南米のカエル22種が「深刻な危機(CR)-絶滅した可能性」として掲載された。この大きな減少の主要因はカエルツボカビ症である。重要な生息地を守るための保全努力が進められており,ほかのいくつかの両生類の個体数回復の一助となっている。そのひとつがオアハカアオガエル(Sarcohyla celata)で,メキシコの地域社会の取り組みにより「深刻な危機(CR)」から「準絶滅危惧(NT)」に移動した。
植物: プロテアとナラ・カシ類が圧迫されている
今回の更新版で,ヤマモガシ科が包括的に評価された。主に南半球に生育している大きく目だつ花をつけるヤマモガシ科植物は1,464種からなり,その45%(637種)が「危急(VU)」「危機(EN)」「深刻な危機(CR)」であることが明らかになった。多くが高度に限定された分布域を有し,そのため,侵略的外来種の蔓延,人為的かつ気候変動とも関連して引き起こされる野火の発生周期の変化,生育地の農地への転換に対して脆弱となっている。ヤマモガシ科にはマカダミア属3種が含まれており,これはマカダミアナッツを生産する植物である。野生のマカダミアは絶滅危惧種としてIUCNレッドリストに掲載された。マカダミアナッツ(Macadamia integrifolia)は「危急(VU)」,同属の2種(M. ternifoliaとM. tetraphylla)は「危機(EN)」である。
ナラ・カシ類も包括的に評価された。430種のうちの113種(31%)が絶滅危惧にあることがわかった。アジアの9種のナラ・カシ類はすでにIUCNレッドリストに「深刻な危機(CR)-絶滅した可能性もしくは野生絶滅した可能性」として掲載されている。絶滅危惧種の数が最も多いのは中国とメキシコで,これにベトナム,アメリカ,マレーシアが続く。中国,メキシコ,東南アジアでは,農地転用のための森林伐採と木材用伐採が最も普通に見られる脅威である。アメリカでは,侵略的外来種・病気,気候変動が主要な脅威となっている。
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より詳しい情報やインタビューの申し込みは下記まで。
Harriet Brooker, IUCN Media Relations, +44 7960241862, press@iucn.org
Matthias Fiechter, IUCN Media Relations, +41 795360117, press@iucn.org
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参考となる引用文:
「ヤマモガシ科の植物1,400種以上の評価など,今回のIUCNレッドリスト更新版にあるように知識の向上に役立つことができたことを誇りに思う。これにより,世界各地でこうした植物に深刻な脅威が及んでいることが明らかになった。絶滅リスクが今後どのように変化していくかをモニターするためのベースラインともなる。こうした知識の力は,保全に関する政策と行動を導くために不可欠である」とトヨタ自動車の山戸昌子環境部長は述べた。
「今回のレッドリスト更新版は回復と絶滅について明らかにしたことに加え,エンレイソウの一種ナグチャトリ(Trillium govanianum)やマルバトウキ属の一種オシャ(Ligusticum porteri)のような薬用植物として大量取引されている種も掲載されている。世界的なパンデミックと格闘を続けている中にあって,今回の評価結果は,変動する環境下での動向を監視する重要性と,深刻な財政的制約があるにもかかわらず,何百種もの評価に貢献してきた動物園,水族館,植物園の重要な役割に関する証左でもある」とABQバイオパークの植物種保存担当のクレイトン・メレディス氏は述べた。「ナラ・カシ類は樹木の中でも最もカリスマ性のある植物である。その生育環境の中でのキーストーン種でもある。英国では,鳥類,コケ類,菌類,昆虫,地衣類,哺乳類の2,300種以上が在来のナラ類を餌や隠れ家として使っていることが記録されている。現在絶滅のおそれのある113種のナラ・カシ類でも同じことが言えるだろう。これらの樹種がひとつでもなくなってしまうと,ほかの何百もの種に壊滅的な結果をもたらす」と植物園自然保護国際機構(BGCI)のポ-ル・スミス事務局長は述べた。
「カメルーンのエボ熱帯林の絶滅危惧植物16種が今回の更新で新しく評価され,この広大な熱帯林の伐採権をカメルーン政府が取り消す決定を下すことに役立ったことは,すばらしいことである」と英国王立キューガーデンのアフリカ担当研究部門長のマーティン・チーク博士は述べた。キューガーデンの保全評価分析担当研究部門長のエイマー・ニック・ルガダ博士は「学生にはIUCNレッドリスト評価は生物種の運命を変えることに役立つことができると教えている。エボ熱帯林は,自分が見てきた中で最も迅速な成果であり,森林規模の点で最もインパクトある事例である」と述べた。
「保全学者にとって,最も感情的で衝撃的なニュースは絶滅の確認である。絶滅の原因は過剰利用から病気まで多岐にわたり,脅威の緩和の難易もまちまちである。両生類に及ぼすツボカビ症の影響は,世界中の保全学者にとって特に深刻で難解な問題である。今回の更新版にあるように,成功・回復事例があったものの,ツボカビ症や生物多様性に影響する新興の病気の脅威に対処する努力を倍増させる必要がある」とテキサスA&M大学のトーマス・レイチャー博士は述べた。
「絶滅カテゴリーに多数の種が追加されるのを見るのは痛ましいことである。その多くが最近発見された新種である。レッドリストは,生物多様性が直面している圧力を理解し,必要な保全措置を策定する一助となる重要な手段である。健康的な自然界は,私たちの幸福にとって極めて重要である。新しい世界生物多様性枠組の中で種の回復と多様性の維持に明確に焦点を当てる必要性がある」とロンドン動物学会の保全政策部門長のアンドリュー・テリー博士は述べた。
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編集者への注
IUCNは野心的な「ポスト2020生物多様性枠組」の作成を積極的に支援している。「IUCN絶滅危惧種レッドリストTM」と「レッドリスト指標」は生物種保全目標に向けての進捗状況を追跡するために使われる。
IUCN–トヨタパートナーシップ: 2016年5月に発表されたIUCNとトヨタ自動車との5年間パートナーシップにより,世界の人口の大部分にとって重要な食糧源である多くの種を含む全体で28,000種以上の生物種の絶滅リスクに関する知識が大幅に向上した。このパートナーシップは「トヨタ環境チャレンジ2050」に基づくもので,自動車の負の影響をゼロにまで減らし,同時に社会にプラスの影響を与えることを目指している。
IUCNレッドリスト
2020-3 IUCN絶滅危惧種レッドリストに関する世界的な統計数値:
評価された合計種数 = 128,918
(絶滅危惧種総数 = 35,765)
絶滅(EX)= 902
野生絶滅(EW)= 80
深刻な危機(CR) = 7,762
危機(EN) = 13,285
危急(VU)= 14,718
準絶滅危惧(NT)= 7,644
低リスク/保全依存= 180 (これは旧カテゴリーで, IUCNレッドリストからは次第に消えて行っている)
低懸念(LC)= 66,469
データ不足(DD) = 17,878
上に示した数字は,今日までに『IUCNレッドリスト』用に評価された種に限られている。世界に生存する種がすべて評価されたわけではないが,IUCNレッドリストは今日,種に何が起こっているかの有益な概観を提供し,保全行動が緊急に必要であることを強調するものである。IUCNレッドリスト掲載の多くの分類群について,絶滅危惧種の相対的な割合を明示することはできない。というのは,包括的にすべての種を評価したものではないからである。これらの種群の多くで,評価努力は特に絶滅危惧種に焦点を当てたものであり,それゆえ,これらの種群に占める絶滅危惧種の割合は,ひどく偏ったものとなっている。
すべての種が包括的に評価された分類群では,絶滅危惧種の割合を計算することができる。しかし,絶滅危惧種の実数は,しばしば不確実である。というのは,データ不足種(DD)が実際に絶滅危惧なのかどうかわからないからである。それゆえ,上に示した割合は,包括的に評価された分類群(絶滅種を除く)に関する絶滅リスクの最善の推定値である。これは,データ不足種はデータが十分な種と同じ割合で絶滅危惧であるという仮定に基づいている。換言すれば,これは,絶滅危惧種x %(DD種はすべて絶滅危惧でない)からy %(DD種はすべて絶滅危惧である)までの範囲にある中央値でもある。利用できる証拠に基づけば,これが最善の推定値である。
IUCNレッドリストの危惧のカテゴリーは,以下のとおり。上のほうが危惧度合いが高い:「絶滅EX」または「野生絶滅EW」
「深刻な危機CR」,「危機EN」,「危急VU」: 地球規模で絶滅危惧にある種。
「準絶滅危惧NT」:絶滅危惧カテゴリーの閾値に近い種,もしくは現在の保全措置が中止されると絶滅危惧になる種。
「低懸念LC」: 絶滅の危険性が低いと評価された種。
「データ不足DD」: 不十分なデータのため評価できなかった種。
「深刻な危機CR(絶滅した可能性)」あるいは「深刻な危機CR(野生絶滅した可能性)」: これは新しいIUCNレッドリストカテゴリーではないが,おそらくすでに絶滅しているものの,最終確認を必要とする「深刻な危機CR」種を特定するために設けられた標識である。たとえば,より広範な調査を実施することにより,個体を発見することができないことを確認する必要がある。